サステナビリティと企業経営

2022年2月、欧州委員会は、企業サステナビリティ・デューデリジェンス指令案を公表した。これは、主に欧州で活動する大企業に対して、人権や環境への悪影響を軽減するための方針策定や措置をサプライチェーンにわたって確認することを求める規制である。対象企業は、人権や環境に対する状況を調査し、問題を把握するとともに、問題があった場合には是正措置を講じ、それらを公表することを求めている。

対象企業は、EUの企業については①従業員500人以上かつ世界全体の売上が1.5億ユーロ(約190億円)以上と②従業員250人以上かつ世界全体の売上が4000万ユーロ(約50億円)以上に分かれている。①②あわせて約13,000社が対象となり、②の企業は、施行から2年の準備期間がある。

EU域外の企業に対しても、EU内での事業が2つの分類にあてはまる場合には、対象となるという案が示されており、約4000社が対象となると試算されている。中小企業は、今回の指令の対象ではないが、大企業の取組を通じて、取引先として影響を受けることになるだろう。今後、欧州委員会で採択されると、欧州各国はこの指令に基づき2年以内に法制化することになる。

アメリカでは、昨年末に制定されたウィグル強制労働防止法が今年6月から施行される。中国のウィグル自治区で生産された製品等の輸入を禁止するもので、対象事業は綿製品だけでなく、資源・農業・建設や部品加工など幅広く、影響も大きい。

国内でも経済産業省が人権デューデリジェンスに関するガイドラインを策定する方針を公表し、3月9日に検討会を開始している。すでに2021年6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードにおいて、経営層が人権の尊重などを含めたサステナビリティに関する課題に積極的・能動的に取り組むことを推奨している。今夏に公表される具体的な指針によって実務として徐々に定着していくことになるだろう。

こうした政策が進む中、ロシアによるウクライナ侵攻に伴い、国際情勢が一変した。2年前のコロナによる世界的な危機と同じような不確実性が広がっている。

海外動向を紹介する本連載は、今回で最終回となるが、気候変動や環境・サステナビリティに関わる問題に限らず、日本と世界各地には様々なつながりがある。今回のような危機に直面すると、世界全体のつながりをより意識することになる。

様々な価値観や歴史のなかで、世界全体で共通の目標や方向性を持つことは容易ではないが、自然環境の保全や気候変動への対応については、国や企業がようやく共通認識を得られた数少ないテーマの一つである。個々人が環境保全や人権・安全・健康を願う流れは変わらないだろう。早期の収束と安全確保を願うと共に、日本国内では2050年の脱炭素に向けて進められる再生可能エネルギーの拡充によって、安全保障上のリスクの軽減にもつながるよう願いたい。

*本稿は環境新聞(2022年3月16日)に掲載されました。

気候変動時代の土壌汚染対策

脱炭素政策の高まりで、気候変動への対応を意識した取り組みが様々な分野で求められる中、アメリカ環境保護庁は昨年、気候変動に対応した土壌汚染対策のマニュアルを公表した。

このマニュアルは、従来から取り組まれていた浄化対策におけるCO2排出量の削減にとどまらず、土壌汚染の調査から浄化対策、搬出土壌の処理、浄化後の土地の再開発における建物やインフラ整備まで、気候変動の影響を緩和し、また甚大化する自然災害に適応するような取り組みを紹介している。

アメリカでも熱波や豪雨・豪雪、ハリケーンなどによって浸水等のリスクも増えている。工場跡地やその周辺地域の汚染浄化や再開発をするにあたって、従来の土壌・地下水汚染対策だけでなく、気候変動に対応した取り組みを進めることが重要になっているためだ。

バイデン政権では、気候変動対策を全省庁の取組に入れるように指示しており、各地域で進められている手法や事例が多数紹介されている。

例えば、フェーズ1の調査段階においても、地域の気候や洪水・干ばつリスクなどを評価に組み入れ、再開発計画に反映することを推奨するとともに、フェーズ2調査や浄化手法の検討においては、再生可能エネルギーの利用によるCO2排出量の削減や、地域の自然的特性に応じた気候変動適応への考慮、また資材の再利用や不要な運搬の削減なども提唱している。

浄化工事においては、これまでもCO2排出量の少ないグリーン・リメディエーション等の活用が推奨されていたが、それだけでなく浄化や再開発で搬出される土壌の再利用等も推奨しており、ニューヨーク市で進められている土壌バンクの取組も紹介されている。

再開発後の街づくりにおいては、建物のグリーンビルディング化に加え、地域のインフラとして雨水の再利用や舗装の工夫などを取り入れ、浸水リスク等を軽減するグリーンインフラも自治体の政策等と共に紹介されている。

拡大するESG投資の基盤となる、欧州の環境事業の定義づけ(タクソノミー)においても、気候変動の緩和・適応と共に汚染管理と予防の取組は重要な環境指標となっている。また、TCFDをベースに進む気候変動に関する情報開示も進み、投資家や事業者にとっても、汚染対策を進めるうえで気候変動への対応が不可欠になってきているといえるだろう。

日本では今年、土壌汚染対策法の制定から20年を迎える。持続性の高い社会に向けて、土壌汚染対策においても気候変動への配慮を進めるためのマニュアル化や、必要に応じた制度や枠組みの調整を進めることが期待される。

*本稿は、環境新聞(2022年2月16日発行)に掲載されました。

サステナビリティに関する開示基準の策定へ

国内企業の企業会計基準を策定する公益財団法人財務会計基準機構(ASBJ)は、昨年末、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)を2022年7月1日に設置することを公表した。 21年10月にASBJは定款を変更し、事業内容に、会計基準に加えて、「サステナビリティ報告基準」という文言を追記しており、会計に加えて、サステナビリティに関する開示基準を策定する方向だ。

こうした動きの背景には、国際的にサステナビリティの開示基準の策定が着々と進められていることにあるだろう。国際会計基準を策定するIFRS財団は、昨年、COP26の直前に国際サステナビリティ基準委員会(ISSB)の設立を発表したが、11月には、気候変動に関する開示基準のドラフトと補完文書等を公表している。

このドラフトは、CDSB(Climate Disclosure Standard Board)、TCFD、Value Reporting Foundation(GRI, IIRCとSASBの統合した組織)、世界経済フォーラムの連名で発表されており、今年(22年)6月に公表される予定の基準の骨子が示されているといえるだろう。

補完文書は580ページを超え、11セクター(68業種)の記載項目や指標案が記されている。今回のドラフト文書で注目すべき点は、気候変動に関する3つの開示指標であろう。3つの指標(Metrics)とは、“業界共通の指標”、“業界別の指標”、そして業界別に企業の開示データを比較する際に参考項目となる“活動指標”である。業界共通の指標は、TCFDの考え方がベースになっているようだが、業種別の開示指標は、もともと業界別の重要項目を整理していたSASBの考え方がベースになっているようだ。

財務や企業価値に影響を与えるサステナビリティに関する重要事項は開示すべきという考え方が示されている。このため、エネルギー使用量やCO2をはじめとする温室効果ガス(GHG)の排出量など気候変動の緩和や、甚大化する自然災害への予防策など気候変動の適応に関する情報に限定されず、一部の業界別指標には、水、大気汚染、廃棄物などその他の環境要素や、調達等における社会的リスクに関する説明項目も含まれている。情報開示の範囲は、財務報告の範囲と同じであり、事業領域が複数の業種にわたる場合には、その重要性を踏まえて開示すべきとしている。

これらのドラフトは、今後のパブコメなどを経て変更される可能性はあるものの、開示基準に関する議論のベースとして、気候変動に次いで策定されるサステナビリティ全体の開示ルールにも影響するものとなるだろう。

国内でも企業会計基準を策定するASBJが基準策定を本格的に始動する。今年は、企業のサステナビリティに関する開示ルールについて大きな動きがある年になりそうだ。

本稿は環境新聞(2022年1月19日)に掲載されました。

アメリカ:PFASのロードマップと予算措置

米国環境保護庁(U.S.EPA)は、10月に、PFAS(パーフルオロアルキル物質およびポリフルオロアルキル化合物)に関する2024年までの取組をまとめた戦略的ロードマップを公表した。

すでによく知られるように、PFASは、PFOSやPFOAを含めた数千以上に及ぶ化学物質で様々な産業分野や製品等に使用されている。

ロードマップでは、飲用水、大気、土壌などの媒体別となっている部局別に今後の取組予定が示されており、規制強化の動きが示されている(下表参照)。

飲用水については、今年中に規制が制定される見込みといわれていたが、モニタリング手法などの確定を先行し、規制案は2022年に公表され、最終規制は2023年秋に制定する予定が示されている。

バイデン政権は、同時に各省庁でのPFASの取組をまとめたニュースリリースを公表した。ここには、バイデン大統領が11月中旬に署名して成立した通称インフラ法に含まれる飲用水関連のPFAS取組の予算についても記載されている。州の飲用水基金に40億ドル(約4400億円)、影響のある地域等の飲用水基金には50億ドル(約5,500億円)等が割り当てられ、合計約1兆円の基金がPFASに関する飲用水対策の一部となっている。これらの基金は、米国内の各州に割り当てられ、また州の独自予算を追加することにより、水道インフラ等の改修やPFAS対策が進むことになる。

インフラ法は、米国内の老朽化した橋や道路、電力網などの補修など、約110兆円(1兆ドル)規模の投資の予算が含まれ、環境保護庁(U.S. EPA)には、約5.5兆円(500億ドル)の予算が割り当てられる予定となっており、この一部が上述PFASへの対応基金となっている。

米国では、こうした公的基金による汚染対策を推進することは多いが、これによって汚染原因者による浄化対策等も求められることになり、法的に遡及責任が課されることから企業にとっては大きなリスクとなってきた。

今回のロードマップにおいても、PFASの排出状況等の確認のための執行活用の可能性が示されており、すでに複数の州で動きがあるといわれている。すでに企業の訴訟等も多く、企業にとってはリスクになるとの意見も出されている。

気候変動やサーキュラーエコノミーと並行して、環境リスクの管理は引き続き必要なテーマであり、来年以降の米国の法制化動向にも留意していきたい。

米国環境保護庁のPFASロードマップ(主なアクション)

部門 主な予定
化学物質安全と汚染予防 2022年冬:TSCAに基づくPFAS報告の新ルール
2022年秋:飲用水に関するPFOA/PFOS規制案(2023年秋までに最終規制を策定)
2022年以降:産業用水からのPFASの排水制限
土地及び緊急事態管理 2022年秋:CERCLAの有害物質としての特定のPFASを指定する案の公表(2023年夏までに最終規制を策定)
その他 事業所からのPFAS排出の確認に関する執行ツールの活用

出所)US.EPA, PFAS Strategic Roadmap; EPA’s Commitments to Action (2021年10月)

*本稿は環境新聞(2021年12月15日発行)に掲載されました。

いよいよ始まるサステナビリティ報告

COP26会議の前にイタリアのローマで開催されたG20首脳会議では、終了後に取りまとめられたG20ローマ首脳宣言において持続可能な社会に向けた様々な論点が挙げられた。

その一つは、気候変動のための移行及びサステナブルファイナンスに向けて、10月に公表された「G20サステナブル・ファイナンス・ロードマップ」を承認したことだ。

これを踏まえ、国際会計基準を策定するIFRS財団は、来年6月の新組織設立に向けたニュースリリースを公表した。

ニュースリリースは下記3つの内容を発表している。

第一に、国際サステナビリティ基準委員会(International Sustainability Standards Board, ISSB)を新たに設立することだ。投資家のニーズに応えられる信頼性の高いグローバルな基盤となるサステナビリティの開示基準を策定すること。

第二は、このISSBは、カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト(CDP)の組織となる気候開示基準委員会(Carbon Disclosure Standards Board, CCSB)とValue Reporting Foundation (VRF) (統合報告ガイドラインの設立団体とSASBの統合組織)を統合する形で新たな委員会をつくるとし、各組織から参画する役員も公表した。

第三に、IFRS財団が優先的に策定する気候変動関連の情報開示は、今後6か月の作業に基づき、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)と世界経済フォーラム(World Economic Forum、WEF)、そして証券監督者国際機構(IOSCO)と共に開示基準を策定するとしている。

英略語で呼ばれることが多い組織であり、なじみにくいところがあるが、今回の発表により、これまで乱立してきたサステナブルな開示基準が、いよいよ統合する方向となっていること、そして、その開示基準は投資家目線のものになる方向だということが読み取れる。

これまで日本企業をはじめ、サステナビリティレポートの開示指標となっていた包括的なESG開示指標であるGRIは、投資家を含む様々なステークホルダーを対象とする開示基準であり、マルチステークホルダー向けとされている。一方、TCFDや業界別の指標を策定するSASBはより投資家向けの指標である。これらの指標の特徴は、数値による開示が多く、このため比較可能性が高いこと、また企業価値への影響を重視しており、そのため投資指標との統合も進みやすいことである。昨年、4大監査法人と世界経済フォーラム(WEF)の策定した開示ルールも数値化できる指標をベースとしている。

来年6月以降に、気候変動に関するISSBの開示ルール案が公表されると、これまでのTCFDやSASB等が徐々に収れんしてくる可能性が高いだろう。気候変動に続き、自然資本(土地や水、森林、生物多様性等)についての開示ルールも整理される。2022年はこうしたサステナビリティ開示ルールが徐々に整理される一年となりそうだ。

*本稿は環境新聞(2021年11月17日発行)に掲載されました。

気候変動、サーキュラー・エコノミーと生物多様性

イギリス・グラスゴーで開催される気候変動条約国締結会議(COP26)を前に、CO2以外の温室効果ガス削減に向けた動きがでている。

9月17日、アメリカのバイデン大統領とEUのウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長が掲げたグローバル・メタン・プレッジ(Global Methene Pledge, GMP)は、温室効果の高いメタンについて、世界全体で削減することを呼びかけた。日本を含めた20か国以上が賛同しており、賛同する国々で、世界全体のメタン排出量の30%をカバーし、GDP比では6割を占める国が賛同する枠組みとなっている。

またアメリカ環境保護庁は、2020年に制定されたアメリカイノベーション・製造業法に基づき、エアコンや冷蔵庫、冷凍庫などに使用されている代替フロンHFCs(ハイドロフルオロカーボン)を2036年までに85%削減するための規制内容を公表した。

同法で規定された18種類のHFCsに関して、製造・輸入事業者等に過去の排出分から排出枠を割り当て、削減できない場合には、他社の削減分からオフセットする排出枠取引も取り入れるほか、排出枠の動きを管理する電子トラッキングシステムも導入する。また、コンプライアンスのための記録管理に関する第三者監査を求めると共に、消費者等にHFCの製造・消費データを公開する予定としている。

排出削減は、2036年まで5段階に分けて削減する予定を立てており、2023年までの期間に10%減、2028年までに40%削減する予定となっている。違法な取引等を予防するため関係省庁や税関などとも連携する方針が示されている。

代替フロンは、オゾン層を破壊するフロンの代替物質として冷蔵庫やエアコンなどの冷媒等として多用されており、関係する製造業や輸入事業者は、確認作業等の必要手続きが増すことが予想される。

気候変動だけでなく、サーキュラー・エコノミーに関する規制も続いている。

カリフォルニア州では、リサイクルマークの厳格運用に関する法律も制定された。カリフォルニア州の規定するリサイクルの基準を満たさない限り、パッケージなどにリサイクルマークを提示できないようになり、2024年1月から施行される予定となっている。また、同時期に子供用製品(車のチャイルドシートやベビーベッド等)にPFAS(ペルフルオロアルキル物質およびポリフルオロアルキル化合物)の使用を禁止する法律も制定された。カリフォルニア州では、カーペットや化粧品等の含有物質としてPFASの規制を策定しているが、さらにPFASが含まれる使い捨ての食品包装材などを禁止すると共に、使用している場合にラベル表示を義務付ける法律も制定されている。

サーキュラー・エコノミーを推進するため、リサイクルを行う際に、有害物質の使用状況の情報共有を促す動きは、欧州でも進められている。廃棄やリサイクル事業者が有害化学物質の取り扱いや管理を円滑に進めるため欧州化学庁は、9月に製品の含有物質情報に関するデータベースを公表した。

こうした気候変動、サーキュラー・エコノミーの動きに加え、COP26の前に中国で開催中の生物多様性条約締約国会議(COP15)では2030年に向けた生物多様性の目標が設定される予定となっている。気候変動と同様に財務影響の報告も推奨されており、引き続き、環境関連ではこの3つのテーマで様々な制度化が進む方向となりそうだ。

*本稿は環境新聞(2021年10月20日発行)に掲載されました。

米国でも本格化するESG経営

2021年7月にグローバル・サステナブル・インベストメント・アライアンス(GSIA)が公表したレポートによると、2020年時点の世界のサステナブル投資資産は35兆ドル(約3800兆円)となり、米国は約半分(48%)、次いで欧州(34%)、日本は世界全体の8%を占めている。地域別の定義の違い等により地域別の単純比較はできないものの、北米や日本は拡大基調が続いている。

ESG投資を含めたサステナブル投資資産が増えることによって、企業経営にどのような影響があるのだろうか。

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TCFDの次に、自然関連財務情報開示(TNFD)へ

6月5日にロンドンで終了したG7財務大臣会合では、各国で推進されているTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)に沿った気候変動情報の開示について改めてその重要性を強調すると共に、国際会計基準の設立団体であるIFRS財団における気候関連の情報開示ルール策定に向けて賛同する表明を行った。

上場企業等への気候関連情報については、欧州等で“義務化”を推進する発言が報道されていたものの、義務という表現にはならず、重要性を強調する表現となった。

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